悪人

監督:李相日

主演:妻夫木聡、深津絵里、満島ひかり、樹木希林など

筆者がずっと興味を持っていた作品を、やっと鑑賞できたので、久しぶりにブログを書きたいと思いました。吉田修一さんが原作の小説を、李相日監督が渾身の映画化した作品です。映画だけでなく、原作も読んでみたいと思ったほど、深く細かく、検討したいと思う作品でした。

あらすじ

事件前

清水祐一(妻夫木聡)、金髪に汚い格好で、マフラー音が響く古いGTRを乗り回す、見るからにDQN系の主人公です。親戚が営む解体業者会社で働く祐一は、祖父母と一緒に住んでいて、昼間の仕事が終わったら、夜は祖父の介護を助けます。無口で暗くて、孤独の祐一が、住んでいる長崎から福岡に、ネットで知り合った女の子、石橋佳乃(満島ひかり)に会いに行きます。石橋佳乃は福岡で保険の勧誘をしている、若くて少し可愛い、どこにもいそうなOLです。佳乃はその日女友達と食事しながら、増尾くんという彼氏とこの後会うことを話し、増尾くんは老舗旅館の後継、お金持ちの坊々とかを自慢しました。実はその後は増尾ではなく、出会い系サイトで知り合った祐一と会う約束なのに、嘘を言ったことからも、佳乃の見栄っ張りな性格がよく分かります。同時に増尾(岡田将生)にシーンが写り、彼からしたらたまたまナンパで知り合った女の子の1人で、しつこくメールが来る佳乃に特に興味はない。

佳乃が友達と別れ、祐一との約束の場所に行くと、偶然にも増尾の車が通りかかりました。増尾に夢中の佳乃は本命の増尾と一緒にいたくて、約束していた祐一を適当に断ってあしらった。仕方なく増尾が佳乃をドライブに連れ出したが、途中から佳乃の執拗さに嫌気がさして、言葉で罵倒して、山中の峠に差し掛かった所で佳乃を車から蹴り落とした。プライドを傷つけられた祐一は増尾の車に付いて行って、邪険に扱われた佳乃を発見して親切心で声をかけた。同じようにプライドがズタズタになった佳乃は、祐一の尾行と助けに腹が立ったのか、祐一を貶す。そして祐一に腕を引っ張られると、「拉致られてレイプされたと言いふらす、誰もあんたのことなんか信じない」と罵倒すると、幼少期のトラウマが蘇って、キレた祐一が衝動で佳乃の首を締め、山の崖に落としました。

事件後

山中から佳乃の遺体が発見され、両親の元に知らせが行ったと同時に、警察は犯人が増尾だと踏んで、その行方を追っています。祐一の元に、以前出会い系サイトで知り合った栞という女性からメールがきて、会うことになりました。栞の本名は光代(深津絵里)、佐賀の百貨店のメンズスーツ売り場で働く大人しい女性です。光代は同居の妹と対比に、大人しい性格です。孤独で慎ましく暮らす中、誰かと知り合いたくて、出会い系サイトに登録しました。祐一と光代は駅で待ち合わせると、祐一はホテルに行きたいと言い出した。断れない光代はホテルで初めて祐一と関係を持つことになりました。帰り際に光代は祐一に、本気で誰かと出会いたかったことを告白しました。その言葉に感化され、翌日光代の元に祐一が訪ね、自分も本気で誰かに出会いたかったと本音を告白しました。2人は次に会う約束をして別れたが、祐一が電話で警察が自分のことを調べついたことを知り、家へ帰れなくなりました。光代の元に戻り、衝動で光代を連れ出しました。

祐一と光代は九州北部で逃避行しながら、少しの2人の時間を過ごしました。孤独の人生の中でお互い初めて得た愛と優しさを味わいました。むしゃくしゃする祐一に、話したい時に話せばいいという光代の優しさに、祐一は勇気をもらって全てを告白しました。今までの人生で意味があるものなんてなくて、初めて大事にしたいと思う人に出会えたことも告げました。祐一は自首すると決めて警察署に向かったが、光代はやっと出会えた人と離れたくなくて祐一の自首を止めました。2人は思い出の灯台まで逃亡して、少しの間住み着きました。一枚の毛布で温めあい、お湯を沸かして祐一は光代の足を洗ってあげたり、この先幸せになれないと分かっていても、本気で愛を確かめ合った。ほんの少し、早く知り合ったら全てが変わっていたのに。

光代が妹に電話するために、灯台から降りると、交番に保護されました。いつのまに世間では、光代は殺人犯に連れまわされていることになっていることを知りました。電話からなかなか帰ってこない光代はもう来ないかもしれないと諦めかけた祐一が、交番を抜けて必死に灯台に戻る光代を見て、改めて光代の愛を感じました。灯台からパトカーの登ってくる光を見て、祐一は決心して、「あなたが思うような男じゃない」と光代に告げ、光代の首を締め始めました。気絶寸前の光代の恍惚とした表情に、祐一は唇を重ねる。警察が現れ、祐一と光代を無理やり離しました。

その後しばらくすると、光代の生活が元に戻りました。佳乃が殺された現場に献花に行く光代は、「あの人は世間がいうように悪人だったね」と納得した表情を見せました。一緒に灯台で見た朝日が光代の脳裏に焼き付いて、感涙を流した2人、運命の嘲笑が聞こえるようでした。

筆者の感想

全体的に事件の真相を追うサスペンスではなく、ドキュメンタリータッチの群像劇という作りでした。そのため、登場人物のそれぞれの状況、「言い分」が分かるように、その生活状況を描きました。事の発端にはそれなりの理由がある、それぞれの立場で描写しました。主人公の祐一に関しては、教育レベルも低いでしょうからコミュニケーション力が低いことがよく伝わりました。言葉で自分の感情を伝えることや、状況の客観的な理解が難しいことが看取れます。幼少時に母親に灯台に置き去りにされた事がトラウマになり、殺人を犯すトリガーともなりました。その言い訳は世間に理解されることはないでしょう。初めて生きてよかった、これから一緒にいたいと思う光代に出会ったことはどんなに大きかったでしょう、想像すらできません。最後に警察の前で光代の首を締める場面を見せたのは、光代に嫌疑を被らせないための演技か、作品を見入って感情が最高潮に達したら、きっとそうだと信じます。このレビューを書くにあたって、他のレビュー作者の感想も調べたところ、祐一の行動と光代の反応について見解が分かれています。祐一が自分のことを引きずられないようにとった行動という見解が多いが、光代に関しては、あの人は悪人であるのと、本当は自分の気持ちを諦めさせるための行動だと分かっているという考えもあります。深津絵里の表情から読み取るしかないので、正解は分かりませんが、そこのところを見る人に任せるということでしょう。ラブストーリーが成就する見方かそうでないかの差かもしれません。見た目からしていかにも社会の底辺にいるような若者の祐一を見事に演じた妻夫木聡さん、どこか不自然に感じる所もあったが、よく演じきったと思います。殺人を犯すほどのキレっぷり、捕まるシーンで見せた暴れっぷりもいいですが、脱衣所からお風呂に向かう祐一の仕草や口数の少なさ、表情の乏しさ、細部まで人間像を表現したと思います。唯一明るい表情を見せたのは灯台で光代と朝日を見る時でした。親の愛情不足、貧乏、介護などの社会問題にもなっている不幸を一身に受けた祐一は、本当に悪人と言えるでしょうか、それとも社会が祐一を悪人にしたではないでしょうか、もし、友人や教育に恵まれたら違う結果にならなかったでしょうか、様々なイフを観客に考えさせる作品となりました。

光代の言葉から、彼女の人生は一本の国道沿いで完結したような単純なもので、男性に愛されることも少ないでしょう。初めて愛してしまった人をひたすら大きな優しさで包み込んで、幸せを求める1人の女の姿を、深津絵里さんが体当たりで演じました。祐一との絡み合いも本気の愛を感じるものとなりました。何よりも、最後に首締められて見せる表情はお見事でした。孤独は人の判断を狂わせる、愛は人を盲目にさせるということでしたね。

群像劇のような作りですので、主人公の周りの人たちもよく描写されています。特に祐一のおばあちゃん役、樹木希林さんは素晴らしい演技を見せてくれました。表情も動作も言葉も、どう見てもどこでもいそうな九州のおばあちゃんでした。祐一を大事に育てたつもりで、それ以上にできることは何もないかもしれません。どうしてそんな人の元に、悲劇が起きるでしょうか。佳乃の父親の良男役は柄本明さんが演じました。娘が殺された父親の悲痛を増尾に向けても邪険にあしらわれて、その後凶器を持って増尾に迫りました。怖がる増尾に、今の感情を覚えて生きろと言い捨てました。セリフは多くなくても、存在感が大きい俳優とはこういうことですね。母親の宮崎美子さんも嵌まり役で、見ていて安心感があります。祐一の母親を演じた余貴美子さんも、ワンシーンだけなのに彼女以外考えられないほどの好演でした。増尾の自分が殺したわけではないという悪態を、岡田将生がよく演じました。不自由なく育った坊々なだけに、人の痛みを知らなければ、他人に対する尊敬もない。自分のせいで佳乃が死んだ自覚はありつつも、微塵の反省もありません。色白イケメンの岡田将生はその憎たらしさをよく表現したと思います。佳乃は確かに自らの軽さ故の行動に間違いはあるかもしれないが、マスコミは佳乃が孤独のせいで出会い系サイトを利用するなどをネタにし始めました。一体どこで何が間違って、誰が真の悪人でしょう、ということを考えざるをえません。そんな社会に疑問を投げかけるような作品ですが、生死彷徨うほどの壮絶なラブストーリーが重なって、見応え十分です。それぞれの登場人物の演技がうますぎるからこそ、一回では十分に細かく看取れず、筆者は2回目も見ました(フールーに感謝です)。




人気ブログランキング

スポンサーリンク







フォローする

スポンサーリンク